If you had wanted to hold my hands, I would have been with you forever.
眩しさに目を開ける。窓から注ぎ込む太陽の光によって眠りの世界から強制的に現実に連れてこられたみたいだ。心地よかった夢から引き摺りだされた感覚に少しばかりの苛立ちを感じてガイは苦笑する。自然現象にこんなことを思うなんてばかばかしいにも程があるだろう。
隣で寝ているはずのティアはどうしているだろうとふと横を見て気付く。空っぽの場所。数日前からもう彼女はここにはいない。ティアはここから出ていくことが出来たのだ。周りはそれをとてもすごいことのように称賛していた。直接見聞きしたわけではないけれど、そのようなニュアンスで綴られた手紙が届いたから知っている。
皆が言う「現実」を認めたくなくてティアと二人引きこもるようにここで暮らしていた。どのくらいの時間が経っていたかは分からない。この家にはカレンダーがないから。あれは月日の経過を客観的かつダイレクトに伝えてくる。残酷なことだ。
ここでの生活を始めてからすぐ、最初は貼ってあったカレンダーを壁から剥がして捨てたガイを見てもティアは何も言わなかった。きっと、同じ気持ちだったはずだ。
同じだったはずの気持ちはずれてしまった。結果ティアはここから離れていった。この家にはなくて外にはあるという「現実」を受け入れたということなのだろう。それをガイは羨ましいとは思わなかったし、悲しいとも思わなかった。ただどうやら寂しいとは思っていたようだ。少なくとも朝起きてすぐに彼女の存在を探してしまうくらいには。
そうして他人に慣れてしまっていた自分にどこか失望した。人は慣れていく生き物だと改めて実感させられ、自分だけは違うと意気込んでいた過去の自分をまた嗤う。何度も何度も、ご苦労なことだ。分かったつもりでいたのに。
それでも、まだ。ここから出ていくことなど、ガイには出来ないし、したくもなかった。
許してしまうなんて、どうしたって無理なのだ。
(中略)
立ち話、と言っていいのか分からないが、とりあえずそのままでいるのもあれなので、ミュウを家にいれることにした。誰かと一緒に来たのかと問いかけても、一人で来たのだと言い張る。しかし、ドアを閉める寸前にちらりとミュウが外へと視線をやったのをガイは見逃さなかった。きっと離れたところにおせっかいな誰かがいるのだろう。ぴょこぴょこ大きな耳を揺らしながら歩いて行くミュウの後ろ姿を見ながら小さく溜息をついた。
「ガイさん、ご飯食べてたんですの?」
言われてテーブルの上に並べていたものだとか手にしっぱなしのパンだとかの存在を思い出す。
「ああ…朝ご飯ってな。ミュウも何か食べるかい?」
「いいんですの?」
目をキラキラさせて甲高い声で返事をするミュウに、純粋に懐かしさを感じる。以前、何度も繰り返したやり取りだった。
さすがに持ったままでは何も出来ないので、ハムエッグの上にトーストを乗せる。もともと一人での食事に見栄えなんて気にしていなかったし、今見ているのはミュウなのだ、別に構いやしないだろう。
キッチンへと向かい、自分のものよりはややマシなサラダを作る。と言っても、野菜を洗ってちぎっただけのものだけれど。おもてなしの意味を込めて、丁寧にちぎって、丁寧に盛り付けた。気持ち程度に変わりはないだろうし、きっと伝わりやしないだろうけど、まあそれでいい。
こんな風に伝わらないだろうなと思いつつ、それでも自分より優先して何かをするのは久しぶりだった。以前は日常的に、自然に、やっていたことなのに。
「さあ、どうぞ。召し上がれ」
「ありがとですの!いただきますですの!」
丁寧におじぎして手を合わした後、レタスをかじるミュウを見ながらガイも食事を再開する。冷めてしまっていてあまりおいしさは感じなかったが、腹に入れば同じなのだからどうでもよかった。おいしそうにちぎっただけのサラダを食べているミュウを見ているだけで充分だ。
「それで、ミュウは誰とここに来たんだ?」
2011.05.03発行