colorless
一つ、また一つ。
夜空を彩る大きな華が勢いよく咲いては余韻を残し消えていく。何かの祭りか、あるいは何かの祝い事か。まあどうでもいいことだ。
そういえば、あの日は昼間の花火だったな。
今の今まで忘れていた遠い日の記憶がふと脳裏に蘇る。すっかり忘れていた。当時は随分はしゃいだ気がするが、薄情なものだと薄く笑う。
あの日はあの日で、それなりに込められた意味があったらしい。詳しく知ろうとはしなかった。歴史にその名を大きく刻んだ彼の想いは自分には直接関係のないことでもあったというのもある。
屋上から見渡す景色は邪魔な障害物などに遮られることなく、ありのままの姿をジノの目に届けてくれる。こんな風に何もかもを見ることが出来ていたら、「明日」は変わっていただろうか。
手すりに背を預けだらりと上を見上げた。横からちらりと無感情な視線を向けられる。昔だったら呆れた溜息の一つでも聞こえてきたかもしれないが、どんなに待ってももう聞こえてくるはずはなかった。期待していたのかと思うと馬鹿馬鹿しくなる。まだそんなことをしていたのかと。それでも。
両腕を天へと伸ばす。星に、儚い華に、手が届きそうな気がしてきた。もうちょっと。あと少し。
特別大きな花火が音を立てて闇を照らした。どうやら今のがフィナーレだったらしい。流れるように線を残しながら、色彩はゆっくりと姿を消していく。この手に、残ることなく。
光源がなくなり、ああそういえば灯りの類は何も持ってきていなかったと思いだす。花火ばかり見つめていた眼はまだ夜闇に慣れておらず、目を開けていても閉じていても変わらないかと瞼を下ろした。
まだ頭には先ほどの溢れる色彩が曖昧ではあるが残っている。溶け合うように広がり混じるそれらも、いずれは姿を消すのだろう。手放したくはなくとも、形のないものを抱きしめるのはとても難しい。
残念だ、当り前だ、悔しいな、仕方ない、次こそは、もうだめかな。どれも正しい感情で間違っている。
正解は見つかるのだろうか。この生があるうちには。
ふと右隣を見やった。薄い気配にそれでもここに在るのだと安堵する。闇に紛れて消えてしまいそうだ。叶えるつもりはないにしろ、本人だってそれを望んでいるのだから。
「なあ、満足してるか?」
変な事を言っている自覚はあったが、口が勝手に動いてしまった。
花火の余韻は不思議な力があるなあとぼんやり思う。
「…不満はない」
「でも、お前、今幸せじゃないじゃないか」
「…幸せだよ?」
「嘘だ。こんなのが幸せなんて」
「じゃあ君が言う幸せってなんなんだよ」
「そうだなー。誰かを好きになって、優しい気持ちに包まれて、包んで、そんなかんじ?」
「なんだそれ」
それきり会話が途切れる。ひやりと冷たい風が身体を擽り、戻るか、と階段に足を向けた。
数歩進み動かない気配に振り返る。
「どうした?」
「だったら」
ほぼ同時に発せられた声に、ひとまずジノは黙る。
感情が、込められていた気がしたのだ。気のせいかもしれないが、懐かしさに胸がちくりと痛む。
それでもよかった。
もっと色々な感情に包まれて、笑うべきなのだ。「彼」は。
「僕が君を好きになったとしたら幸せになれるのかな」
笑って
嗤って?
(君は僕のこと、好きなんかじゃないのにね)
2009.07.22
'09.05のスパコミにて無料配布
お借りしたR2最終巻のピクドラでまさかのジノ登場に驚き、あの発言に驚き。
そんな勢いで書いたんじゃなかったかと。