フローリングの傷くらいは見逃してほしい
それはとても恐ろしいことだった。
だけど確かに幸せを感じている自分がいる。
そんな自分に恐怖を感じた。
夢見て夢見て。
それが叶うことが一番恐いのに。
「夢見ること」と「夢が叶うのを望むこと」は、僕の中では決定的な差がある。
いつだったかアスランにマグカップをプレゼントしたことがあった。
プレゼント、というと何だか甘い響きがあるけど実際にはゲーセンでゲットした景品だ。しかも柄は空飛ぶ正義の味方のアンパン。
別に欲しくて入手した品ではないし、正直こんなのは使わない。
(大体どうせなら僕は食パンの方が好きだ)
そんなこんなで、つまりは不用品みたいなものだったのだ。
だから帰り道に立ち寄ったアスランの部屋に半ば押し付ける形で置いてきた。
そう、それは不用品だったはずだ。
もちろんアスランにだって同じだろうと思っていた。
だってアスランがアンパン○ンの柄のマグカップでモーニングコーヒーを楽しんでいたりしたら、ちょっと気持ち悪い。
まぁ僕くらいかわいかったら許されるかもしれないけどね☆
そんな冗談はさておき。
僕自身その存在自体を忘れていたのだ。実物を見てそんなこともあったなーって思い出したくらいで。
それなのに。
それなのに、君は。
「アスラン…これ何」
「何って、マグカップだろ」
「僕だってそれくらい分かるから。じゃなくて何でアンパ○マンなの」
「…お前が勝手に俺の部屋に置いてったんだろ!」
「いや僕が聞いてるのはそういうことじゃなくて」
そのマグカップは明らかに使用した跡があった。
僕が訪ねてきたからってこれ見よがし的にアスランが使ったわけでもなく。
だったらどういう事なのか。
もしかして、もしかしなくても。
「君これ使ってるの…?」
「え、あぁ」
「…何で?君とアン○ンマンなんて似合わなすぎるよ」
そうしたらアスランは苦笑いをして。
でも、とてもとても優しい声で。
(僕の大好きな声で)
「お前が。俺にくれたんだろ?」
その後更に分かったのだけれど、アスランは毎朝のようにアレを使ってるらしい。
誰も見てないのだし似合わなくても構わない、だとか。
それを聞いたとき、頭が真っ白になった気がした。
些細な事だ。
マグカップがどうこうだなんて、大して日常に関わることでもない。
それでも。
アスランはそれが僕が渡したものだと覚えてるわけで。
もしかしたらこれを使う度に、更に言えばふと目に入る度に。
アスランが僕のことを頭に浮かべるのかもしれない。
そう思って、そして心に灯った想い。
それはとても恐ろしいものだ。
僕に幸せを感じさせてしまうものだ。
…あってはならない、消さなくてはならないものだ。
というわけで僕は原因を駆除することにした。
ごめんよ、アンパンマ○。
君に罪はないんだ。
これからも子どもたちの為にがんばってくれたまえ。
今度アンパンを見かけたら君を思い浮かべながら食べることにするよ。
それともアンパンを買えるだけ買い占めて、売上げ一位を目指そうか。
もう食パン○ンの方が好きだなんて言わないようにするね。
考えはまとまった。
次は僕が淹れてくるね、などともっともな事を言ってキッチンに向かう。
手の中にあるマグカップ、それにそっと唇を寄せた。
一回目を閉じてから床に叩きつける。
本当は砕け散る瞬間は見ていたくなかったけど、僕のわがままのせいなのだからしっかり見届けた。
飛び散る破片に何か言いたかった。
それは確かに存在したのだから。
決して声には出さなかったけど。
音を聞きつけてやってきたアスランに謝る。
申し訳なさそうな顔を作ろうかと思ったけど、込み上げてきたのは笑いだった。
怪訝そうな表情を浮かべながら、それでもケガはないかと聞いてくれる。
大丈夫だと答えたらそれ以上は何も言われなかった。
きっとまた僕の気紛れだと思われてるのだろう。
それならそれでいい。
それでいいよ。
2006.11.30
唐突にアスキラー。ていうかアス←キラだけど。アンパン○ンが嫌いなわけではなく。ちなみに、私はこしあん派です。