ゼロス・ワイルダーの激情〜小さなサイン〜
見渡す限りの本、本、本、また本。
世界中の本が集まっているのではないかと思うほどの書物が、ここメルトキオの資料室には揃っていた。
教皇の陰謀を王に暴くことで、やっとロイド達は反逆罪の汚名を返上することができた。が、ここで一息いれることなど出来やしない。
ロイド達は何のために、メルトキオを訪れたのか。それはコレットの病気の詳細と治療法を何とか見つけることは出来ないだろうかと、王家が保管する城内の資料室を探索するためだ。
パーティの中で王家ともつながりがあり一番城内に詳しいであろうゼロスによれば、危険な魔術書や、様々な理由によって発禁となり国中から回収された書物も収められているという。当初は忍び込む形になるだろうと予測していたものだが、こうして堂々と資料室を物色できるようになった。
この調子でとんとん拍子に物事が進んでいけば、と思わなかったでもない。しかし、当たり前だがそれは甘い考えだった。
資料室はあまりに広く、何部屋にも渡っている。そして各部屋ごとにぎっしりと本棚が並べられ、これまたぎっしりと本は詰まっているのだ。
司書によれば、一種の倉庫と化してしまっている部屋もあり、全ての本の中身、果てにはどんな内容のものがどこに収まっているのか、全く把握しきれていないらしい。一般に使われる資料室は一番手前のもので、そこに所在する書物の位置内容は把握しております、とのことだったが、あいにくロイド達が探し求めている情報は得られそうになく、よって、一部屋毎に二人ずつの担当で本棚を片っ端から調べていくこととなった。
ロイドとしてはコレットの傍についててやりたかったのだが、何かが起きた時にすぐ対応できるようにコレットはリフィルと同じ部屋を探索した方がいいだろう、と言われてしまっては仕方がない。
こうなったら一刻も早く目的のものを見つけるしかない、とロイドは意気込んむ。よーし、と気合をいれると反対側の本棚の方から声が聞こえてきた。
「ロイドく〜ん」
「なんだよ、ゼロス。見つかったのか」
「いや、そりゃまだなんだけど。ロイドくんさあ、コレットちゃんと同じ部屋になれなくて残念〜?」
「…今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「そりゃそうだー失礼しました〜」
「お前真面目に探せよ!」
「はいはーい」
どことなく機嫌のよさそうな声に少しの苛立ちを感じる。こうしている間にもコレットの病気は進行しているかもしれないのに。背表紙を辿る手が乱暴になったのが自分でも分かる。
でも、それを止めることが出来ない。それどころか、ふつふつと奥から奥から湧き出てくるかのようだ。
左から右へタイトルを指で辿って、少しでも関わりのありそうな本を台車に乗せていく。それらしきものにあたりをつけ運び出し、ある程度たまったところで部屋の片隅にある読書スペースで互いの持ち寄ったものを確認する。
これは最初闇雲に本棚を物色していこうとしたロイドにゼロスが提案した方法だった。出した本はどうするのかと思いきや、それは適当に城の者に片付けさせると言う。無駄に人はいるんだから、少しくらい仕事を増やしても構わないと。
なんとなく納得して進めてきたこのやり方だが、悪いやり方ではないと二度目になる内容確認の合間にちらりと横に目をやってそう思う。もちろん、中身を確認し終えた本を片付けてくれる第三者がいての方法だが。
一度目に持ってきた本が全て外れだった時、ふとゼロスが部屋を抜けたと思ったら、兵士らしき人物を二人も連れてきて、ここの本片付けといて、と軽く指示を出し、しかも彼らがそのゼロスの指示をあっさりと聞き入れて片づけを始めたことに驚いた。そして、それを互いに当然のことと思っていそうなことにも。
きっと驚きが顔に出てしまっていたのだろう。こちらを向いたゼロスが軽く笑った。
「俺さま、神子さまだしー?」
それを見て胸がちくりとしたのは、果たして勘違いだったのか。何か言おうとこちらが口を開く前に、紅い髪がひらりとゆれて離れてしまう。こうしてはいられないとロイドも作業に戻ったため、感じた何かは淡く散ってしまっていた。
一連のことを思い返しながら、ぼうっと横に視線を向ける。ゼロスの横顔は至って真剣で、ぱらぱらとページをめくり時たま少し手を止めて、再びページをめくっていく。そこにはふざけた様子なんて微塵も感じられなかった。
読んでいた本を閉じ次の本に手を伸ばそうとして、ゼロスがこちらにちらりと目を向ける。
「ハニー?」
手が完璧に止まってしまっている上に凝視されていたら誰でも疑問を持つ。ゼロスの眼に訝しげな色が浮かんだ。それと気遣いの色も。もしかしたら疲れているように見えてしまったのかもしれない。それは誤解だと慌てて口を開く。
「あ、その、さっきはごめんな」
「…は?」
「俺、ゼロスに八つ当たりした。ゼロスは最初っからちゃんと真面目にやってくれてたのにな」
だから、ごめん。言うとゼロスはぽかんとした表情を浮かべた。そして次第に肩を震わせていく。どうしたのかと思いきや、どうやら笑っているようだ。
「なに、ロイドくんったらずっとそんなこと考えてたわけ」
「わ、悪いかよ!」
「べっつに〜」
「大体なぁ!お前が…」
「俺が?」
お前が。その後に続けて何を言おうとしたのだろう。自分が言おうとしたことなのによく分からない。たださっき感じたあの胸のもやもやを口にしようとしただけなのだろうが、それも上手く言葉にならなかった。
口ごもるこちらを見やって、俺さまがなんなのよー、と片肘をついて覗き込まれる。しかし、すぐにまあいいや、と詮索を止めてくれた。よかった。詮索されても上手く口に出来そうにないのだから。掴みきれていないと言った方がいい。
「さっきのは俺さまも悪かったしな」
ちょっと浮かれちゃったわけよ。そう言われてもよく理解できない。追求しても、ロイドくんには分かんないって、と返される。
「なんなんだよ!」
「まーまー。それより、ここにある本には無いみたいだぜ。早いとこ見つけないと。コレットちゃんのためにもさ」
言いながら席を立ってしまう。こちらもそれを言われてしまってはこれ以上話を続けるわけにもいかず、コレットのことが心配なのは同じなのでロイドも本棚へと足を向けた。
先程感じた胸のもやもやも、言葉の意味も。ゼロスのことは分からないことが多いような気がする。
へらへらしてて、女の子が大好きで、面倒なことが嫌いで。
そんな分かりやすい奴だと思っていたのに、よくよく考えてみたらそんな簡単に言い表すことなど出来ないのではないだろうか。だって、実際、今も。
だから、もっと話して欲しいと思う。思ってること、感じていること。
(仲間なのに)
でも、こうも思う。仲間、なのだから。いつか、ちゃんと、じっくりと。アイツの話を聞いて、こちらも答えて、そんな時間がきちんと取れるに違いない。そうしたら、もっと互いの距離も近くなる。
(だから、まずは目の前の問題を片付けなければ)
改めてそう意気込み、再び背表紙の羅列に集中した。
救いの塔で、その背に輝く翼を見たとき、
自分は何も見えていなかったのだと、何も聞いていなかったのだと。
ひたすら己を呪う。
歪んだ視界の中で、剣の切っ先が真っ直ぐにロイドを捉えた。
2007.10.21(発行)
2010.01.10