ALC ビル 修復

ゼロス・ワイルダの激情〜言い尽くせぬ恍惚〜

若干グロいかもしれません。
若干コレットが黒いかもしれません。
大したことはありませんが、苦手な方はご注意。






























柔らかな草原にごろりと寝転がる。旅の合間のほんの一時の休憩中、青く澄みわたる空をゼロスは見上げていた。
ゆるやかに流れていく雲をなんとはなしに目で追う。休む間なく移動を続け、しかもその間ロイドと共にずっと前衛を担当していたのだ。皆が昼食の準備と薪を探しに行ったり水を汲みに行ったりしているが、少しぐらいさぼって休んでいても許されるだろう。
緩やかな時間が流れていた。大分ぼんやりしていたように思う。もしかしたら少しばかり寝ていたのかもしれない。夢と現の境をふわふわと彷徨っていたところ、急に影がゼロスの顔を覆った。
慌てて起き上がり腰に差している剣に手をかける。が、影を作っていた人物を目で捉え、がっくしとその緊張を解いた。
脈が早まっていることに気付き、照れくさくなる。

「な…っんだ、コレットちゃんか〜」
「ごめんね、ゼロス。びっくりさせちゃったかな」
「いいのいいのー俺さまぜんっぜん気にしてないから!」
「えへへ」

よいしょ、とコレットがゼロスの横に腰をかける。相変わらずかわいいなあと頬が緩んだ。衰退世界の人間なんて大根じゃがいもばかりかと思っていたが、コレットといいリフィルといい、自分の考えはまったくの的外れであったことに気付く。かと言って、それは少しも残念なことではないが。
しかし、ふと先程のことを思い返す。いくら気を抜いていたとはいえ、すぐ傍に近寄られるまで彼女の気配をまったく感じることが出来なかったことに疑問を覚える。
自慢ではないが、幼い頃から幾度となく刺客に狙われていたゼロスだ。他人の気配には人一倍敏感であったのに、気付かぬ間に接近されていた。これが己の命を狙う刺客だったとしたら、もうゼロスは息をしていたかっただろう。

「あのね、わたしゼロスもお腹空いちゃってるんじゃないかって思ったの」

別におかしな話題ではない。少しばかり唐突ではあるが、何の不思議もないはずだ。
そう、そのはずなのに。
どうしてだか違和感を感じた。頭の中で小さく警報が鳴っているような気すらする。なんに対するものだ、自分のことなのによく分からない。相手はコレットだと言うのに。

「俺さま?俺さまはそんなでも」
「わたしはね、ゼロス。わたしはお腹空いちゃったんだ」

ぐーぐー鳴っちゃってるの。言葉を遮られ告げられる。えへ、と照れたように言われた内容も、別段変なことはない。コレットちゃんかーわいい、そう感じているのに、グローブに包まれた指先が冷える。
両手で腹部をそっとさすり、

「わたしのここね、空っぽになっちゃいそうなの」

ゆっくりと目を閉じて、

「だから、早く」

ロイドでいっぱいにしたいの。










まずは、そうだな、手がいいかな。いつもわたしを助けてくれる手、わたしに触ってくれる手。知ってる、ゼロス?ロイドの手って、すっごくキレイなんだよ!きっとあんなのを職人さんの手、って言うんだろうな。指もキレイ。だから一本ずつ切り落として食べるの。次は瞳。わたしのこと見ててくれてる、それ。抉って一口で、きっと甘くて柔らかいよね。一気に両方食べちゃうの、勿体ない気がする。そしたら次は脚にしょう。昔からこの脚でわたしのとこまで走ってきてくれてた、そう考えるだけでおいしさが増すと思うんだ。ね、ゼロスもそう思うよね?そしたら次はそのまま上に上がって内臓かな。あ、もちろん心臓は一番最後。わたし好きなものは最後までとっておきたいんだ。ゼロスはどう?真っ赤な血がいっぱい溢れるよね。一滴も残さず飲んじゃいたい。ううん、そうしなきゃ。勿体ないもん。あとは頭。ロイドの想いが全部詰まってるとこ!それを齧って啜って齧って啜って。きっとロイドのおもいがわたしのおもいとかさなるの。そしたらのこしておいためをしたでころがしてなめてかんで。ああかたほうのこしておいてよかった!ね、ぜろす。さいごにしんぞう。あったかいんだろうな。どくどくしてるのをすこしずつ、それともいっきにたべちゃおうかな。どっちがいいかなぜろす。いっきにたべたほうがいいかな。うん、わたしはそうしよう。ぜろすはどっちにするの?
うん、これでかんしょく!これでみたされる。ぜんしんにろいどが染み渡る。ずっとロイドと一緒。離れることがないんだよ。全部重なるの。絶対に一人にならないの。わたしの心臓が止まるまで、ずっと、ずっと、一緒。
ね、ゼロス。





幸せ、幸せ、幸せ、だね?





イカれている。
微笑みかけられ、ゼロスは目を逸らした。合間合間にゼロスに語りかけ同意を得るように恐ろしいことを。コレットの両目からは止め処なく涙が溢れていた。語られた内容に嫌悪する。



しかし、自分が感じたそれは、本当に、嫌悪、なのだろうか。



彼女が話している間、それを想像していなかったか?
そして、想像の中でロイドを犯していたのは、誰だった?



どくりと血が騒ぐ。急激に感じる飢えと渇き。まるで自慰をしているかのようだ。頭の中に描かれたそれに、かつてないほど興奮している。血が、騒いでしょうがない。熱い熱いあついあついあつい。





いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。あんなにも青空だったのに、どこからか流れてきた分厚い雲が太陽を覆い隠してしまっている。肌寒さを感じ、二人してぶるりと震えた。










近くにあった川まで無言で歩き続ける。コレットは冷たい流水で顔を洗い、ゼロスは頭を水の中に突っ込んだ。黙々と互いにそれを繰り返す。次第に頭も冷え、冷静さも幾分か戻ってきたように思う。

「ねえ、ゼロス。わたしたち、やっぱり神子なんだね」
「…そうだな。俺たち、どうしようもなく同じ存在みたいだな」

どうしよっか。なにが?半分こにする?やーだーコレットちゃんったら、そんなこと、これっぽっちも考えてないくせに!えへへー。俺さま、ぜーんぶ独り占めしたいなあ。あ、ずるい、わたしもしたいのに!





辺りが明るくなってくる。ふと空を見上げると、あれだけあった分厚い雲たちはどこかへ流れていってしまったようだ。太陽が顔を出している。その眩しさにゼロスは手で小さな影を作った。
そんなにも眩しいのなら、見なければいいのに。それでも、たとえ直視することが出来なくとも、その眩しさに、明るさに、暖かさに。焦がれる気持ちを抑えるなど、無理に決まっている。そして、求め、満たされたいと。
ああ、なんという狂おしさ。とんだイカレ野郎だ。しかも悪いことに、そのイカレ野郎は一人でない。傍らに佇む彼女を横目で見つめる。空を見上げている彼女も、きっと自分と同じようなことを考え、思っているのだろう。
神子同士というのは、こんなにも近しい存在だったのか。ふとした拍子に爆発してしまいそうな狂気を、互いに孕んでいる。同じものを、ただただ求め、同じものに、ただただ魅かれ。
コレットがゼロスの元に来た時に感じた違和感は、同じ存在を渇望する相手に対する嫉妬だったのだろう。警報は、己の内面を暴かれることへの恐れだったのだろう。結局は、彼女の前では今更だ。



さて、と。頭を軽く振って水を払う。

「んじゃー皆のとこ、帰りましょーか」
「うん!わたし、もうお腹ぺこぺこだよ」
「俺さまもー!」










果たして、彼らの飢え、渇きが満たされる時は、訪れるのだろうか。



願わくば、どうか、彼らの想像上の形ではなく。



そして、誰一人として死することなく。









太陽はどのような存在にも平等だ。
それは救いでもあり、また残酷でもある。









2007.10.21(発行)
2010.07.23