そんな愛などノーセンキュー!
翌日、ミトスを止めるために救いの塔に向かうことが仲間内で正式に決定した。世界統合を目指し、やはり足を止めることはないのか。先頭を歩いている後姿を見やり思う。
ぴんと伸ばされた背からは安心が感じられる。こいつについていけば大丈夫だと。どんな暗い道でも、彼がいるならば進んでいける。共に旅をするメンバーの誰もが同じことを思っているはずだ。
先程ゼロスはちらりとロイドの様子を窺ったが、苦悩や焦りは見られなかった。死んだと思っていた父が生きていて混乱もしただろうし、それが裏切り者であったら尚更だろうに。
昨晩少しでもクラトスと話が出来たからか。
血の繋がった、実の親子。
愛されている事実に少しばかりの羨ましさを感じる。
(それはクラトスに対しても、もちろんロイドに対してもだ)
外は雪が止み、あんなにも空を覆いつくしていた雲は見事なまでに姿を消して、皮肉なくらいに青空が広がっている。明るい未来を予感させるような青い空。なんていう出発日和なんだ。笑いしか出てこないじゃないか。
本当は、昨晩ロイドと話をしたいとも思った。
二手に別れた方が得策と、フラノールにはロイド、コレット、リフィル、そしてゼロスが残ることになった。宿は一人一部屋ずつ取れ、ゼロスとロイドは部屋が隣同士で、時間を作ろうとすればチャンスはいくらでもあったのだ。
壁越しだとしても、この狭い部屋の中で少しでも近くにいたくて、ロイドの部屋がある方の壁に背を預けずるずると床に座り込む。明かりも火もいれていない、暗く寒い部屋でも、今自分がいる場所だけは明るく暖かく感じられた。あまり厚い壁ではなかったし、背中で気配を感じることも出来る。
ポケットから神子の宝珠を取り出し、弄ぶようにしていじくった。それは、とても大事なものだった。必要に迫られセレスの元から返ってきてはいるが、本来これは彼女が持っているべきものだ、己ではなく。あいつが神子にさえなれれば、あんな修道院からも出してもらえる。幸せに満ち満ちた人生を歩むことが出来る。その為の証となるものなのだから。
掌にある宝珠を見つめては握りしめ見つめては握りしめを繰り返す。淡い緑色はとても優しそうな色をしているが、こいつから与えられたものに優しさなど微塵もありはしなかった。それでも、これはゼロスを生かしてきたものだ。間違って生まれてきた自分を「神子」として世界にかろうじて繋ぎとめていたものだ。
それを、ロイドに託したい気持ちが生まれてしまった。自分を縛り付ける過去をも、全てをロイドに。どれもこれも重いものでしかない、そんなことは分かっているけれど、それでも。
昼間思ったことはどれも嘘ではない。しかし、未だ最後の一歩を踏み出すことが出来ないでいる。目の前にちらちらと見えるライン。これを超えたら、超えてしまったら、もう戻れない。
自覚はしていたが、結局臆病でしかないのだ。踏み込むことも決断することも恐れている。見栄ばかり張って、自分を守る壁を作って。これらがゼロスの生き方だった。押し付けられたとは思わない、ゼロス自身が選んだ生き方。
諦めることすら決められない。今までの自分を全部捨て去り、壁を壊して光を内に。生き方を、変える。諦めるとはそういうことだ。
でも、それならば。
たった今この瞬間まで生きてきた、自分は。
ゼロス・ワイルダーは。
どこへ行ってしまうのだ。
墓へとでも連れて行かれるのか。
あるいは、闇に紅に取り残されたままか。
それは、あまりではないか。
でも。
でも…。
ふと背中に感じる気配が動きをみせた。一人で外へと向かうようだ。
自分からは動けない、きっとこれが最後のチャンス。
固まったまま動かない脚を奮えたたし、何とか立ち上がる。窓から外を覗くと、ちょうどロイドが宿から出てきたところだった。どうやら階段を上って町の上層部へと向かうらしい。
右手で宝珠を握り締める。何をどう話せばいいのかは分からないけれど、話そうと思った。
上着を手に取りドアへと足を向かうが、ふと気付く。確かロイドはいつもの格好ではなかったか。一着を着込み、予備のもう一着を手にドアをくぐる。
ふと外を見たらロイドが上着を羽織らずに歩いているのを見かけた。
だから上着を持ってきてやった。
これで理由がの完成だ。会話のきっかけにもなる。塞がった左腕が僅かばかりの安心を与えてくれる。すぐに行動に理由をつけるのは、そこに安心を求めるからに他ならない。大丈夫、解っている。
舞い散る雪がなるべく目に入らぬようフードを深く被り、足元だけをみて歩いていく。まだそんなに遅い時間ではないが、外にいる人はあまりいなかった。
雪を踏みしめる音と息遣い、自らより生まれる音しか聞こえてこなくて、また何かが後ろから手を伸ばしてくるのを感じるが、抱えた重みがなんとか打ち消してくれる。
ロイドはどこにいるのだろう。辺りを確認しながら進んでいくと、遠くからでも馬鹿みたいに目立つ赤色が目に入る。
あんなところで何をしているんだか。彼の行動は、いつも唐突に見えて、でも実はいろいろ考えていて、でもやっぱり唐突なものだ。
(ああもう何を言っているのか分からない)
とにかく、この上着を渡そう。緊張と共に近付こうとした時、ふと更に見えたものがあった。隣にもう一人。
何を話しているのかはここからでは到底聞こえないが、確かに二人は会話している。父と子の、二人で。
初めは自分が何を見ているのか、すぐに理解が出来なかった。足はいつの間にか止まっていて、ゼロスはその場に呆然と立ち尽くす。ゆっくり時間をかけて、今見ているものが何であるのかが脳に伝わってきた。
両脚は凍り付いてしまったかのように動かない。
腕の中の重みからは棘でも生えてきたのだろうか。
触れている部分から痛みばかりが感じられた。
はっと気付くと、宿の自分にあてがわれた部屋の中にいた。どうやってここまで戻ってきたのかさっぱり記憶がない。抱えていた上着も無くなっている。どこかで落としたのだろうか。
(あるいは捨てたのかもしれなかったが)
ふらふらと先程座り込んでた位置まで行こうとして、寸前でベッドに足を引っ掛け大きな音をたてて床に転がってしまう。痛みもあっただろうが、全く感じなかった。ただ、あの場所に近付くことだけを考えていた。起き上がりもせずに、ずるずると這ってゆく。
あと少し、右腕を伸ばし壁に触れようとして掌から零れ落ちたものがあった。緑色の珠はころころと転がり目の前まで戻ってくる。目で追って、どっと力が抜けた。うつ伏せの状態から仰向けに転がって床に大の字になる。
腹の底から笑いがこみ上げてきて、ゼロスは笑った。笑い続けた。
右手で辺りを探ると指先に宝珠を見つけ握り締める。もうこの手から離すことはない。
笑いながら天井を見つめた。左手で前髪をかき上げ、そのまま顔を覆う。
「はは…っ。なーに期待してたんだか」
呟いた言葉が寂しく響き渡る。
先程視界が揺らいで天井が滲んだのは、
笑いすぎて少しだけ涙が出たからだ。
(理由が、あって、よかった)
もう目の前にラインはない。
振り返れば見えるだろうか。
(振り返りなどはしないけれど)
(そして、きっとそんな時間と余裕は、もう、)
最後尾をのらりくらりと歩いていた。すると街の入り口で先頭を行ったはずのロイドがいて、ゼロスに話しかけてくる。
彼はゼロスを信じているといった。それに対して、信じてくれ、と返す。そんなやり取りだった。
じゃあ行こうぜ!とロイドはくるりと振り返り歩いていく。追おうとして、特になにも考えてたわけではないが、宿の方を向いた。影になって暗くなっているところに裏口があり、その扉の横に置いてあるゴミ箱からは見覚えのある服の袖がはみ出している。
こんなにも青く澄み渡った空、輝く太陽。それなのに影になって照らされていない、それ。
「ゼロス?なんかいいことでもあったのか」
「べっつに何も〜。さ、早く行こうぜ」
両手を頭の後ろで組んでゆっくりとロイドを追う。
なんていう出発日和なんだ。
やはり笑いしか出てこなかった。
2007.08.26(発行)
2009.06.11