そんな愛などノーセンキュー!
フラノールには今日も雪が降り続いている。吐く息の白さにゼロスは目を背けた。この地域に雪が降っていない時期など一年を通してほぼ無いと言ってもいいくらいだ。
まあどれも知識としてあるだけにすぎないが。
なにせゼロスがフラノールに訪れる機会などほどんどない。機会を作らない、と言った方が正しいだろう。メルトキオに雪が降りそうな時期すらアルタミラで過ごすくらいだ。
雪は否応なしに過去を引っ張ってくる。いつまでも、これからも。
昨晩ミトス、いやユグドラシルの正体が明らかになった。その際にアルテスタが傷を負ってしまい、その傷を癒すために一同はフラノールへと訪れていた。
皆唐突に舞い降りた真実に動揺を隠せない様子で、その隙を見計らってゼロスはすっと輪から遠ざかる。誰も気付いた様子などなく、背を向け歩きだした。
ちらちらと視界に入る雪がうっとうしい。白い塊をそっと右の掌にのせると、グローブ越しの為すぐに溶けることはなく、見る間に黒いグローブは白く染まっていった。
白く白く。そう、白だ、雪なのだから、当たり前に。
しかし、白いはずの雪が白ではなくなった時があった。紅く染まり、己の身に降り注いだ時のことをゼロスは忘れることができない。できるはずなどない。
そして共によみがえる、あの言葉も。
--------- お ま え な ん て ---------
そこまで思い返し、よくもここまで縛られたもんだと自嘲気味に笑い空を見上げる。
あれから一体何年が過ぎたのだろうか。
あの時の己の言葉、母の表情、街外れの風景、感じた肌寒さ、何もかもが少したりとも色褪せることなく、今でも鮮明なのに。
唐突に白いはずの雪が紅く見えた気がして、思わず目を閉じてしまう。すると代わりに闇が訪れる。
光など一切なく、終わりも見えず、果てしない闇。
寒さだけではない震えを感じ、手を強く握り締める。自分の手を、自分自身で、強く強く。
目の前を染める紅が怖かったし、どこまでも広がる闇も怖かった。周りのもの全てが自分に優しくなくて、味方がいなくて、敵だらけで。
鼓動が早くなり、上手く呼吸ができなくて息苦しい。世界に自分がたった一人きりにされたかのように慣れきったはずの孤独が襲ってくる。
どっちも怖くて、どっちも嫌で、恐る恐る両目を開ける。視界いっぱいに広がる雪は白くて安心したはずだった。なのに、手から力が抜けない。油断するとまた孤独が襲ってくる。
その白さにさえ恐怖を感じ、どこにも暖かさを感じることができなくて、寒くて寒くて、誰かに温めてほしかった。手を、握ってほしかった。誰も、こんな手を握ってくれる人など誰もいないことなんて、生まれた時からいないことなんて、分かっていたのに。それでも。
赤い後姿を思い出す。色の種類からすれば同じ赤なのに、こんなにも与えられる印象が違うものだろうか。だって、彼からはまぶしさと暖かさを感じる。脳裏に思い浮かべるだけで身体を縛る寒さが和らぐ様な気さえしてしまうなんて。
きっとロイドなら、ゼロスを救ってくれる。
それでも、
彼は、
ロイドは、
ここにはいない。
手を握ってくれない、冷えた身体を温めてくれはしない。自分から離れていったのだから当たり前なのに、それがどうしても苦しく、悲しい。だって、こちらから近付いていくなんて、そんなこと。こんな自分が、あんなアイツに。
けれど、こんな自分だって望むものがあって、それを欲しいと思う権利くらいは残されていてもいいだろう。
(そう思い込みたかっただけかもしれないが)
誰にも許されたりなどしないなら、せめて己だけでもゼロス・ワイルダーを。
許してくれる存在がほしかった。救い上げてくれる手を求めていた。
けれど、もういい。許してくれなくても、救い上げてくれなくても。
そんなことはしてくれなくていい、いいから、だから、どうかその存在を、この手に、どうかどうか。
それでも、やはり知っていた、分かっていた。この手では、掴み取ることなど無理なんだ。この手は幸せになるべきだった人の不幸を吸って存在していて、どこまでも汚い。
ならせめて、絶対に無理なら、せめて、諦めたくはない、せめて。己に縛り付けることくらいなら。
(どうやって?)
簡単だ、だってその方法は経験済みではないか。自分の身をもって、すでに。
失敗を恐れることはない。必ず成功する。アイツはそういう奴だ。仲間であった者を切り捨ててなどいけない。
(たとえ「仲間」という関係が表面上のものでしかなかったとしても)
手に入らないなら、この手に掴めないなら、掴んでもらえないなら、せめて。
寒さはもう感じない。
麻痺したからか、未来を想ってか。ゼロスには分からなかった。
2007.08.26(発行)
2009.06.06