ALC ビル 修復

こんな世界を君とふたりで

朝起きると見渡す限り銀世界が広がっていた。窓の外に広がる景色に今日の予定を思い描いて笑いが込み上げてくる。



さーて、どんだけ投げつけてやろうか。





昨日学校で一番の話題だったのが「明日雪が積もるかどうか」だった。滅多に雪など降らない地域だし、ましてやそれが積もるとしたら大事だ。
昨日は土曜日、ということは次の日は当然日曜日。もし雪が積もるとなれば遊びたい放題なので、皆(と言ってもそれは自分達だけだったかもしれないが)そわそわしていた。
高校生になったって、そりゃ雪が降ればわくわくするし、遊びまわりたくもなる。当然のことだと思うし、こんな気持ちがなくなることが大人になるってことだとしたら、大人になんてなりたくない。
ずっと、このままでいられればいいと思う。それはとても楽しくて、でも絶対に叶わない望みだ。
だからこそ、今この時間を大事にしていたい。大事な友達と、共に過ごせるこの時間を。


ぼんやりしていたのか、気付いたら既に洗面所にロイドは立っていた。寝惚けた頭をすっきりさせるために、蛇口を思い切り捻り冷水を手で掬う。
刺さるような刺激がもやもやを取り払っていくのを感じて気持ちがいい。クリアになった思考に一つ頷き、手探りでタオルをさがした。
続いて歯を磨きながら今日の予定を組み立てる。
部屋から見ただけでははっきりと分からないが、一日遊ぶのに困らないくらいの積雪はあったはずだ。
まずはまだぬくぬくと寝ているだろうゼロスを電話で叩き起こし、ジーニアスやコレット達に声をかけよう。
ああその時に集合場所を決めないと。どこにしようか。小学校の傍にある大きな公園はきっと子ども達で溢れているに違いない。
だったら昔よく遊んだ通称「秘密基地」の辺りまで足を伸ばすことにしよう。秘密基地と言っても、あまり人気のないうえに茂みを掻き分けた奥の方にぽっかりと空き地が広がっているだけなのだが。
ここ数年訪れていないし、もしかしたらゼロスは初めてかもしれない。しいなやプレセアもきっと同じだ。
秘密をばらして共有することに(それが本当に些細なことだとしても)言いようのない気持ちになる。擬音にするならば、「わくわく」だろうか。
勢いよくうがいをすれば、口の中に広がるミントの香りがなんとも清々しい。
大きく腕をのばして部屋に戻る。電話の向こうから聞こえるであろうゼロスの眠そうな声を想像するだけで顔が緩んでしまう。

(でかい声で叫んでやるんだ)

眠気なんて完璧に吹き飛ばしてやる。



「雪だーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」










「まーったく…こんな朝っぱらから呼び出してくれちゃって」
「だって雪だぜ!」
「答えになってないってーの」

おーさみぃ、などとマフラーに埋められた口元がもごもご動いている。
確かに寒い、間違いなく。でも、雪が積もっているのだ。いつも見ている風景が真っ白に包まれて、色の数的には少ないはずなのにとても鮮やかに感じる。
しっかり目に焼きつけて、今度絵を描こうとひそかに決意した。画材は何がいいだろう。雪の積もった様を厚みを含ませて表すためには、やはり油彩にするべきか。
絵ばかりではもったいない、親父の工場を借りて何か細工もしたい。舞う雪の儚さと、積もった雪の確かな感触を形にするには…

「ローイードーくーん!」
「わ、わわわっ」

右側から耳元でいきなり叫ばれ、とっさにそちらに拳をくりだす。「おわっ!」という変な声と共に手袋をはめた手が握り締めた左手を受け止めた。

「あ…っぶないでしょ」
「わ、悪い…。でもゼロスが悪いんだぞ!いきなり耳元で叫んだりするから」
「寝起きの一発のお返しだっての。大体いきなり黙り込んじゃうロイドだって悪いと思うぜ〜」

そう言われてしまったら次に発しようとしていた文句も飲み込むしかなくなる。どーせ絵のこととか考えてたんだろー、なんて見透かれたようなことを重ねられたら、尚更だ。
と、少し黙っていたら段々悔しくなってきた。朝の仕返しとばかりに畳み掛けてこちらの言動を封じてくる。相手の思惑のままになっているのが、悔しい。むかつく。


だから、当初の予定通り、投げつけてやることにした。

「言」を封じられても、「動」まで封じられると思ってたら大間違いだ。


ぱっと距離を取って、すかさずしゃがみ込む。左手で雪を掬ってそのまま右手を重ね軽く握れば完成。
自慢じゃないがゼロスよりは運動神経が発達している。こんな動作は瞬間的にこなし、いつもへらへらしている顔を目掛けてそれを投げつけた。外すつもりは毛頭ない。
ぽかんとしていたまぬけ面に白い球はクリーンヒットして、ぱらぱらと崩れていった。
あっけに取られているゼロスを見て、ロイドは声をあげて笑う。もう一度しゃがんで雪を掬おうとしたところでやっとゼロスは何が起きたか理解したみたいだった。しかし、それでは遅すぎる。
二発目はでこにヒットさせて今日のコントロールの良さににんまりする。

「ローイードー…っ!」
「油断してる方がいけないんだぜー!」
「俺さまを本気にさせたな、させたいんだな。分かった、やってやる」
「お前の本気なんて怖くないって〜」
「んだとーーー!!」

あとはもう会話になんてなってなかった。ぎゃー、だの、わー、だの、お互い叫びあってぶつけあって。
それは他の友人達がこの場に到着するまで続けられていた。










散々遊びつくして、何時間経ったのだろうと思いきや、まだ昼を少し過ぎたばかりの時刻だった。周辺には大小様々な雪だるまや、ロイドが途中まで作りかけたのだが飽きて投げ出した未完成のかまくらなどが点在している。

「なんだい、まだ1時だってのかい」
「ほんと?」
「一日中遊んでいた気がします」

女の子の面々がところどころ雪にまみれて白くなった姿で話し出す。コレットは白いコートを着ているために目立ってはいないが、その実一番雪まみれだ。あれだけ転べば当たり前だろうが。昔からそうだ。コレットは何もないところでも転ぶことが出来る。一種もう特技のようなものだ。彼女のその変わらぬ様子に安堵する。そういえば今朝起きた時も何か似たようなことを考えていたような気がした。変わる、とか、変わらない、とか…。
が、それもジーニアスの声でさっと晴れていく。

「ここからだと、一番近いのは…僕の家、かな」
「うーんと、そうだねジーニアスのお家が一番近いね」
「じゃあ皆うちでお昼ご飯にする?」

さんせーい!声高にロイドが手をあげる。皆も異議などあるはずもなく、ぞろぞろと移動を開始した。
それに続こうとして足を踏み出しかけたところで、ふと気が付く。先程からしゃべっていない奴がいることに。
きょろきょろと見回せば、ゼロスがこちらに背を向けた状態でしゃがみ込んでいた。ゼロス?そう呼びかけても聞こえていないのかぴくりとも反応しない。
背中から覗き込むと、何故だか手袋を外し素手で雪を掌に乗せている。

「…か……き」

小さな呟きが聞こえたような気がして、ゼロス?もう一度呼んで肩に手をおくと、驚いたのか全身をびくりとさせこちらに振り向いた。
その拍子にはらりと氷の粒は指の隙間から零れ落ちていく。

「ロイド、くん」
「…どうしたんだ?早くジーニアスん家でうまいメシ食おうぜ!」

ほら、と腕を無理やりつかんで立たせる。そのまま引いて歩き出せば、ふらふらとした足取りだが後についてきちんと歩いてきた。
皆はもう先に行ってしまったらしい。雪を踏みしめる音が二人分だけ、静かな空間に響く。
また、もやもやがロイドの中で形を作ってきた。どんどん拡大しそうなそれを消し去るように首を振れば、頭に付着していた雪がはらはらと舞っていく。
そっと立ち止まると後ろの足音も止んで、ロイド?控えめな声が耳に届く。

違う、こんなのは違う、違う違う!

ゼロスの左手は素手のままだった。なんとも冷たそうで、目を細める。一度掴んでいた腕を離し、右手に着けていた手袋を勢いよく剥いだ。そして、むき出しの掌に自分のそれを重ねる。触れたそこは想像していた以上に冷たくて、咄嗟に離してしまいそうになるが、ぐっとこらえて指を絡めた。しっかり、しっかりと。

「早く行こう。このままじゃ皆に置いてかれちまう」

顔は見ずに再び歩き出す。最初のうちは引っ張るような形だったが、数歩すれば確かな歩みになった。
更に数歩進むと、握られたままだった手を握り返してくる。





皆が待っている場所に辿り着くまで、それ以上の会話はなかった。
けれど、それでもよかった。
充分だった。

繋いだ手は体温を分かち合って冷たさを感じなくなっていたのだから。












それは、ある雪が積もった日の、一つの出来事。









2008.01.27(発行)
2009.08.21